オールドメモリー

今はほとんど使用しなくなったリール、ルアー達です。
このタックルには思い入れが多く、特に上段のABUのリール。
”アンバサダーは赤”
って・・・藤井少年は昔、ベテランの人に刷り込まれました。
開高さんも赤だったし・・・
ABU5500
このリールが自身初のABU。お年玉貯めて買いました。
当時、2万いくらだったと思います。
当時のABUの中では安い方。そう、お年玉を貯めてもこれが限界だった訳で・・・
憧れの”深紅のアンバサダー”を手にした時、やはり置き場は枕元。
寝る前に”クリクリ” ”シャー”の繰り返し。朝起きてもおんなじ・・・
すげーうれしかった。
バス、雷魚すべてこのリールとスピードスティック#1-26HOBBがメイン。っていうよりこれしかない。
釣具屋で知り合った先輩達に言わせると”CのついてないABUはABUじゃない”って言われ続けても使い続けました。内心はCモデルがほしかったですが・・・
その後、バンタム100など買いましたが、やはり”ABUほしー”で
高校になると中華料理屋で皿洗いバイトして2500cを購入。
2500c全盛期ですな・・・バンタムクラスでは”子供のリール”扱い。
自分もまだ子供なのに見栄が・・・あったんでしょう。
バンタムもいまだにケースの中に保管中ですが・・・
そんなこんなで、5500cを手に入れる機会がきた。しかも、濃いブルーグレーの刻印モデル。
譲っていただいた方は8歳年上の釣具屋で知り合った人。なんでも、弟が止めるからとの事でめぐってきました。
憧れのCモデル。
しかも刻印。
周りにそのモデルを所有する人も居なく自慢の一品でした。
ただ、その頃にはタックルも増え5000番の出番は少なく、そんなに使用することは無かったです・・・・
しかし、このリールにはすばらしい逸話があります。
とある日、友人と大江川へトップウォータープラッギンしに行った時の事ですが、スペアでこのリールをディパックにカメラと共に入れ持っていきました。
カヌーで幼稚園前から下流へ釣りくだり、夕方までは数本のバスを取ってました。
暗くなり、カヌーを車に積み込む段階で置き忘れてしまったのです。
次の日、気が付いたのは春日井の大学の駐車場。しかも、午後。
慌ててそんなに金も無いのに高速に乗り大江川へ・・・
”平日だから大丈夫”と言い聞かせながら・・・
現場に着くが・・・・無い。
携帯もない時代なので友人にもすぐには連絡とれず。
懸命に探すが気配すら無し。近隣の農家の人に聞くが・・・”知らない”と言われる。
絶望
頭の中は、この二文字。
しょぼくれながら岐路に着きその足でたむろしていたプロショップへ
友人がちょうど来たので車を探すが・・・やっぱり無い。
がっかり度は計りきれないくらいの物でした。なんせ5500Cだもん。
そんな事を忘れる半年後、友人からの電話。
”おまえ、フィッシュオンに出とるぞ”
フィッシュオンとは中部地区で販売されてた釣り雑誌。かの今江氏も執筆していたこともあり当時としてはルアーの記事が多くて、ルアーマン人気?の雑誌、なのである。
慌てて本屋へ・・・ルアーコーナーを見開くと最後のコーナーに自分がバスを持った写真が。
内容は、”この写真の方探してます。”との記事。
”半年前に大江川にて拾得しましたが、警察から返還されたカメラからこの人が持ち主だと思いますので編集部まで御一報ください”とのこと
雑誌購入。即、編集部に連絡すると、リール、カメラ等編集部にあるとの事。
翌日、名駅近くの編集部へ行くと紛れも無い半年前に別れたタックルが・・・
拾い主の方が編集部に持ち込んでくれたんです。
その方は5500Cを見て、”本人さんにはとても大事な物だから”との事で名乗り出てくれたそうで・・・無事手元に帰還です。
拾い主の方に連絡を取り感謝の気持ちを伝えると、
”大事な物だってすぐ判りますし、ABUだから思い入れも・・・”
涙が出ました。こんな良い人も居るんだ・・・と
この二台はいまだに現役バリバリに使えます。
故障なし。
さすがABU。
改めてこの2台を眺めると、いろんな事が思い出されます。
来年の春には久しぶりにプラッギンしてみようかな。
